私の瞳の中に見えた丸くて青い星

 

8月30日、久しぶりに山ピーさんのライブに行ってきました。

正直、山ピーから遠ざかっていた今日この頃、ライブに照準を合わせてガンガン曲を聴くことも、ウォーミングアップ的にDVDを復習することもしていなかった。

 

そんな心意気で臨んだ罰当たりな人間ではありますが、「野ブタ。をプロデュース」から早11年、波がありながらも山ピーさんを追っていた身としては、

やはり生で見ると一気にスイッチが入って色々と語りたくなってしまうもので。

 

今日は、ライブでも歌ってくれたある曲について、ド自己中な解釈をつらつら書こうと思います。

 

山下パイセンの曲に、「君の瞳の中に見えた丸くて青い星」っていう歌があるんですけど、私はこの歌が大好きで。

大好きなんだけど、心抉られる歌で、好きなんだけど好きすぎて一周回って苦手になりつつ、でも好きな歌なんですね。(どっちだ)

 

作詞作曲は石崎ひゅーいさんでして、まぁ山下パイセン本人が書いたわけではないし、山下パイセンがこの曲に対してどういう思いをお持ちなのかも私は存じ上げないので、

私が勝手に好きになって勝手に心抉られて勝手に苦手になってでもやっぱり勝手に好きになってるだけなんですけど、ちょっとその曲について語ってもいいですか。

 

ちなみに私は、この歌は山ピーが私を応援してくれる歌だと思って聴いているので、VPR(ベリーポジティブリーディング)な内容になることを先にお断りしておきます。

 

では、ゆきます。

 

 

君がどこかに落とした トワイライトの彗星

一緒に見つけてあげる だから追い越して追い越して

孤独が足踏みしてる 時計の針は痛いね

真夜中のオーケストラ 指揮者は君に任せるぜ

 

トワイライトの彗星????

真夜中のオーケストラ??????

いやーーもう絶妙に意味が不明!

 

かろうじて、

私が落とした彗星を山下パイセンが一緒に探してくれることと、

オーケストラの指揮者を私に任せてくれることはわかる。

…………いや、意味はわからねえ。

だが、いい。どうしようもなくいい。

 

“孤独が足踏みしてる時計の針は痛いね”っていうのは、なんとなーーくわかる。

つーかね、“痛いね”って言ってくれるのがいい。

痛いよね?大丈夫?って、そんな優しい感じ。

知らんけど。

 

 

今にもわんわん泣き出しそうなその青い瞳は

僕らの住んでいるこの星に似ているような気がする

 

いやーーーー私の目、青くねえわ。

黒。ギリ茶色。

どう頑張っても青くはない。

どこまで遡ってもヨーロピアンの血は一滴も流れてない自信ある。

こんなにも綺麗な弥生顔。

(顔は関係ない)

 

でも、“泣き出しそうな”瞳が、“僕らの住んでいるこの星”すなわち、水をとどめていられるこの地球に似ているっていう、そういう意味であるのなら、

「僕らの住んでいる地球も、君(私!)の瞳も似ている気がする」ってのは分かる。

だからなんだって言われると、なんでしょうね?ってなりますけど。

 

 

宙を舞ったゴミ袋が 僕には天使に見えるよ

立ち上がって走る君が 僕には未来に見えるよ

 

もーーーーーーここ!これ!!

宙を舞ったゴミ袋が山下パイセンには天使に見えるんですか?!

なるほど、ゴミ袋ですらも見方によっては天使!

クソ業務ですらも見方によっては人助け!

うん、そう!!そうだよね!!!

 

立ち上がって走る私が、山下パイセンには未来に見えているの??

それならもうちょっと頑張ってみるよ私!!うん!!!

 

 

はい、ここまでが一番でして、もう一番で既にかなり元気付けられてる。

無理やり背中を押される感じではなく、しっとりと、“いま君が苦しんでることを僕は知ってるよ”って、“でも僕には頑張れてる君が未来に見えるよ”って、そういう、私に何も強制してこない応援スタンス。

こんな応援ソングが今まであったでしょうか。

(あったよ!って方は教えてください、多分私その歌大好きになります)

 

では、二番ゆきます。

 

 

君がなんにもいわずに 残していった彗星
僕はうんとうなずくよ だから追い越して追い越して

 

ねえだから彗星ってなにーーー?!?!!

なんでうなずいてるのーーーー????!?!

はい。(おい)

 

 

泣いてなんかいないぜ 伸びてく影に小さく手をふるよ

二つが遠く遠くなるまで見失えるように

 

見失えるように…………

わかる?この切なイイ感じ。

山下パイセンは遠くから私を見ていてくれるわけ。

私がひとりで頑張ってゆくのを、過保護に引き止めるでもなく、大袈裟に送り出すでもなく、遠く遠く見失えるまで小さく手をふっていてくれるんだよ。

はーーーー泣きそう!!!

 

 

風に舞った週刊誌が 世界の終わりを告げても

ふざけあって転げた日を 僕は忘れはしないだろう

オーディエンスの声援は 旅立つ君のファンファーレ

いつだってこの胸の中に 君がいるから僕は笑えているんだ

 

オーーーーディエンス。

私が指揮者を務めているオーケストラのオーディエンスのことでしょうか。

外的要因で何かが終わってしまっても、山下パイセンは私と過ごした日々を覚えていてくれると。

(過ごしてはいない)

離れ離れでいても、何らかの形で私が作用して山下パイセンの笑顔の素になれていると。

(CDなどを購入しているお金でしょうか)

私の存在が、山下パイセンの何かしらになっていると、そう思えるだけでも生きる希望になります。

これは本当にそう。生きる希望。

 

 

引きこもってた少年が その音楽を聞きました

愚痴をこぼしたOLが その音楽を聞きました

君がタクトを振りかざし 僕らは何度も夜明けを見た

 

私が奏でた音楽が!!

引きこもってた少年や!

愚痴をこぼしたOLの!

耳に届き!!

日本の夜明けとなるが??!

(ラレファラーーレーードーーソーーファソラーーーーーーー(「仁-JIN-」より))

 

 

宙を舞ったゴミ袋が 僕には天使に見えるよ

立ち上がって走る君が 僕には未来に見えるよ

オーディエンスの声援は 旅立つ君のファンファーレ

いつだってその胸の中に 僕がいるから振り向かずに行くんだ

 

はーーーーーーーもう!!!!

“僕がいるから振り向かずに行くんだ”!!!

山ピーがいるから、山ピーが応援してくれるから、私は私のやるべきことに向かっていかなきゃいけないんだ!

わかってるけど、でもやっぱ頑張りたくない!!

でも、でも、山ピーが応援してくれてるから、山ピーも頑張ってくれてるから、私も頑張らなきゃいけないんだ!

多分、こうやって二転三転して励まされるところが、

抉られるって思ってしまう理由なのだけど、確かに励まされてもいるんだようん。

 

 

 

はい、まあ歌詞を網羅して超個人的な解釈をぶちまけたわけですが。

途中にも書いたように、私はこれを応援ソングだと思っています。

応援ソングって世の中にはたくさんあって、パッと思いつくだけでもZARD「負けないで」とか、ミスチルの「終わりなき旅」とか、ドリカムの「何度でも」とか。

私はZARDミスチルも、普通よりは好きだと自負しておりますし、実際この二曲も大好きですけど、

(ごめんドリカムはあんまり知らない)

まさに、応援!って感じなのね。

 

だって、“高ければ高い壁のほうが登ったとき気持ちいい”って言われても、本当にしんどいときって、いや、登れりゃいいけどね?登れねぇ奴の気持ち考えたことある??っていう反抗的な気持ちになってしまうでしょう。

かたや、負けそうな人間に思いっきり“負けないで”!っつっちゃってるし。それ一番ダメ。

鬱の人にガンバレは禁句じゃん?

やる気ない人にマケナイデは禁句じゃん??

 

何の話だっけ。

 

そう、応援ソング。

そんな応援ソングがたくさんたくさんある中で、この「君の瞳の中に見えた丸くて青い星」は、私になーーーーーんにも求めてこない。

唯一、最後の“振り向かずに行くんだ”は、私への声掛けだけど、それ以外は一切なんにも、なーーーーーーーんにも私に要求していないし、強いてもいない。

ただただ山ピーが冷静に私を見てくれていて、

ただただ山ピーが遠くから私を見てくれていて、

ただただ山ピーが無責任に励ましてくれてるだけなんですよ。

 

で!で!!

だからね、なんつーか、距離感が妙に現実的じゃん。

山下パイセンと私とのディスタンスがひたすらリアル。(突然のルー大柴)

全然繋がってないし、全然絡みもないし、“僕”と“君”との親密さがうかがえない。

だから、自分をここまで投影できちゃう。

 

普通の曲の“僕”はあくまで僕であって山ピーではないし、“君”はあくまで君であって私ではないけれど、
この歌に関しては、“僕”は山ピーだし、“君”は私だ!っていうそんな気がするの。

 

だからこそ、ここまで励まされるし、ここまで抉られるし、ここまで好きになれるし、ここまで辛くもなるし、やっぱり好きになっちゃうんだと思うわけ!

 

 

もう着地点が見えないから無理やり終わりに向かうけど、

とにかくこの曲は私が今まで出会ったことのない応援ソングで、

ものすごく励まされる分ものすごく刺さるし、しんどいときに聴くとむしろしんどい。

 

一昨日のライブで、山ピーがものすごく真面目な話をして(ゲップを我慢しながら)、そのあとにハーモニカを吹きながらこの歌を歌って、

「僕がいるから振り向かずに行くんだ」って最後に言い切ったとき、私は、この人が好きだと思いました。

この人に、私がいるから笑えてると思ってほしい。

この人がいるから私は振り向かずに行くんだ。

って、怖いくらいにサクッと頭が処理してくれた。

 

 

というわけで、

彼の入所20周年のお祝いにしてはくだらないものだけれど、山ピーがいるから私は笑えてるんだってことをね、残しておこうとこれを書きました。

 

私がいるから振り向かずに行くんだ山ピー!!!!